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 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 秋田県は、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、今年6月末日をもって閉館しようとしています。
 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を閉館することは、平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史を閉じることと同じです。
 二人の交友の末、藤田の助言を採り入れ完成した美術館から、「秋田の行事」、平野コレクションを移すことは、貴重な文化を消失することを意味します。
 全国の皆様、秋田県に、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館を止めるよう、訴えてください。
(2013年5月15日)




平野政吉、1955年(昭和30年)開催「平野コレクション展」での挨拶 (2014.12.24)

                展覧会に際して


 私はこのたび還暦にあたり、過去45年間蒐集いたしました美術品の一部を朝日新聞主催のもとに展覧会を催すことになりました。顧みれば、子供の頃から絵が好きで16歳の頃、洋画に傾倒し画家になることを思いたちました。その頃から浮世絵の蒐集もいたしましたが、一時心境の変化から美術と全く異質な飛行機の研究などをした事もありました。しかし、性来美術に対する愛着が強かったため、戦争たけなわな時も、蒐集は一日としてあきらめた日はなかったのであります。
 此の美術に対する愛着から、洋の東西を問わず、古代から現代に至る美術品を蒐集し、その種別は、刀剣、陶器、仏教、仏画、鉄器、銅器、蒔絵、錦絵、唐宋元画、浮世絵、初期洋画、茶物、古筆、東西版画、西洋画、日本画等々を蒐集しました。この強い愛着心は、子供の頃から美術館の建設を専念に念願として参りました。
 今回朝日新聞社により展覧会を開催することが出来、皆様に初めて公開するの光栄を得ましたことを何よりもの慶びとするものであります。
 これを機として益々の皆様のご協力を得、やがては美術館の建設に邁進いたす念願で御座いますから何卒御援助の程伏してお願いいたします。


          昭和30年10月吉日
                          平野政吉

          ( 1955年 主催 朝日新聞社「平野コレクション展目録」 より )


 この挨拶には、平野政吉が、子供の頃から美術館の建設を念願し、美術品の蒐集をしていたことが表明されている。

 この念願が成就されたのが、平野政吉美術館(秋田県立美術館《旧》)であったことは言うまでもない。








 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 秋田県は、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、今年6月末日をもって閉館しようとしています。
 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を閉館することは、平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史を閉じることと同じです。
 二人の交友の末、藤田の助言を採り入れ完成した美術館から、「秋田の行事」、平野コレクションを移すことは、貴重な文化を消失することを意味します。
 全国の皆様、秋田県に、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館を止めるよう、訴えてください。
(2013年5月15日)




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